新文明創造プロジェクト

操作された市場の歴史(その2)

 

<日本のバブル崩壊>

 

バブル崩壊も、信用創造急激な信用収縮に因るものでした。

 

1985年のプラザ合意によって、円高が進行し、

この円高から輸出産業を救出するために、日銀は金融緩和(信用創造)を実施します。

 

それによって、市場のおカネが増え、資産価値が上昇し、

それを担保にさらに借金(=信用創造)をするというサイクルが生み出され、

おカネが投機を過熱させ、バブルが発生

 

しかし、1988年、BIS(国際決済銀行:中央銀行の中央銀行)により、

銀行の自己資本(※1の規制、バーゼル規制(BIS規制)が定められたことで信用収縮へと一転します。

 

バーゼル規制とは、自己資本率(※28%を達成できない銀行は国際業務から撤退させるというものです。

当時日本は自己資本率が低く、経営の抜本的な改革を迫られました。

そのため、市中銀行は持ち合いの株を売却せざるを得なくなり、株価の棄損に繋がりました。

 

これがのちの日本企業買収への布石となったのです。

 

このBIS規制によって、信用創造量が縮小し、貸し渋り貸し剥がし(※3)が行われるようになりました。

1990年には総量規制(不動産向け融資の減額)も実施。

不動産向け融資が減ることで、不動産向け投資も減り、資産価値はさらに下落。

 

こうした経緯から、バブルは崩壊し、企業や個人には借金だけが残り、

沢山の企業が倒産に追い込まれました。

 

結果、年間自殺者が3万人にまでのぼり、15年間の不況で50万人の自殺者を出したと言われています。

 

 

 

(※1”自己資本”=返済する必要などがない資金源泉

(※2自己資本率の計算は、「自己資本÷総資産×100」

“総資産”=自己資本と他人資本(負債)の合計

(※3「貸し剥がし」とは、融資の減額や取り止めを行ったり、返済期限の到来前に返済を迫ったりすること。

 

 

 

 

 

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