新文明創造プロジェクト

⑨ノットイコール

 

・間違いを認めること≠その行いの否定

 

間違いを間違いだったと認めること、

「前提」にそぐわなかったことだったということ認めることは、「否定要素」ではなく「前進要素」です。

 

過去や今の過ち、前提にそぐわない間違いがあったからこそ、

さらにその「前提」に沿った行いに近づく事が出来るのです。

 

つまり、間違うということは、否定されるべきことではなく、「発見」なのです。

 

『このやり方では「前提」を満たすことが出来なかった』という「発見」なのです。

 

間違いを認め、受け入れ、

糧にすることで、それは新たな「前進要素」へと変わります。

 

間違いを重ねつつも、常に糧として吸収しながら挑戦を続けることで、

過去にはない新しい現実を創造することが可能になるのです。

 

つまり、過去の間違いによって自分を否定したり、卑下したりする必要はなく、

素直に間違いを認め、糧とすることで常にここから新しい未来の創造に繋げられるという事なのです。

 

 

 

・選択すること≠その他の選択肢の否定

 

ABの道(提案)があったとして、

Aを選び、Bを選択しなかったことは

Bを否定したことではありません。これを混同してはなりません。

 

Bを選ばなかったことが、Bを否定しているわけではないという事です。

 

また、選ばれなかったことに対して、

卑下したり、非難された気になったりすることは全くないということなのです。

 

それは否定されたわけではないからなのです。

 

 

 

・変化すること≠現実への抵抗

 

変化することや変化を望むことは、現実や今の自分自身への抵抗ではありません。

 

今よりも新しい臨みに対する選択なのです。

 

よりよいモノを求め、変わり続けて進歩してこそ人間です。

 

変化を求めることは、今に対する抵抗否定要素なのではなく、

むしろ「前進要素」であり、これは自然なことなのです。

 

自然も常に変化し続けることで正常に循環しています。

 

つまり、「変化すること」とは、「健全に生きること」だと言い換えられるのです。

 

 

 

・伝えること≠他人を変えること

 

伝えることは、訴えることではありません。

伝えることは、説得することでもありません。

伝えることは、他人を変えようとすることではありません。

 

伝えることによってできるのは、「機会」「きっかけ」与えることだけです。

 

その「機会」「きっかけ」を捨てるも拾うも、受け取り手次第なのです。

 

そこには受け取り手の意思決定、自由意思を尊重した姿勢が土台として存在します。

 

一方で、

訴えることとは、相手に対して何かを求めている行為です。

説得することとは、相手に見返りを求めている行為です。

 

それらは相手を無理やり変えようとする行為です。

そこには相手の意志・選択を重んじる姿勢がありません

 

つまり、伝えることとは、「与えようとする」行為であり、

訴えることとは、「受け取ろうとする」行為なのです。

 

このように、伝えることとは、相手を変えようとする行為とは全く異なるのです。

 

 

そもそも相手を変えようとしても上手くいくわけがありません。

人は他人を変えられないからです。

 

人は自分の意志で変わろうとした時に初めて変わるモノです。

 

一時的に強制したり、圧力を加えたりすることによって、

あたかも変えられたかのように見えても、

その抑圧力が弱まった時、無理やり曲げられたバネはまた元に戻ろうとします。

 

それは、その人の意志そのものが変わっていないことを示しているのです。

だからこそ、また同じことが繰り返されることになるのです。

 

デモや署名活動を繰り返しても根本的に変わらないのはそのためです。

 

提訴し、勝訴しても

また何度も同じような問題が次から次へと出てくるだけなのです。

 

意志が形成された動機や背景などの「根源」を観ると同時に、

相手を尊重する姿勢で伝えなければ、互いに敵対心が増し、

状況は余計に悪化するだけなのです。

 

相手を変えようとせず、ただ伝えたいことを伝え、

後は相手の意思決定や選択に委ねるという姿勢が大切になのです。

 

 

 

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